今日は雑司ヶ谷霊園の有名人達を紹介〜。

まずはお名前だけ。
永井荷風
小泉八雲
羽仁吉一、もと子夫妻
大川橋蔵
泉鏡花
サトウハチロー
荻野吟子
島村抱月
竹久夢二
夏目漱石
ジョン万次郎

今日は長くなりますよ〜

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永井荷風

小説家で『日和下駄』や『あめりか物語』『ふらんす物語』などが有名ですね。
となりにあるのがお父様の墓石です。
荷風は父の死に目に会えなかった公開から毎年お墓参りをしていたそうです。
美しい紅葉が目印です。


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小泉八雲
小説家、日本研究家。著作は『怪談』など。
ギリシャ生まれのイギリス国籍。アメリカでは新聞記者をしていたそうです。
子供の頃、左目を失明したことから右目を前にしたうつむいた写真が有名で、この角度の写真が多いようです。
東大や早稲田大学で働いていて、大久保に住んでいたとのこと。
タバコがお好きで狭心症で亡くなったそうです。


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羽仁吉一、もと子夫妻
自由学園の創設者、フランク・ロイド・ライトによる設計の明日館が重要文化財に指定されています。
明日館は「使いながら保存する」という珍しい運営をしている重要文化財です。
ウェディングにも人気です。
映画監督の羽仁 進さんはお孫さんだそうです。

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大川橋蔵
私は知らなかったのですが、年配の方にはとっても有名な俳優さんです。
朝丘雪路とウワサになってかなり世間を騒がせたとのこと。
銭形平次が当たり役だったようですね。

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泉鏡花
小説家。著作は『婦系図』や『高野聖』。
尾崎紅葉の弟子で、芸者のすずと恋に落ちるも師匠に反対され、師匠が亡くなるまで結婚せずにいたそうです。極度の潔癖性ですずさんの手料理しか口にしなかったという話も伝わっています。

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サトウハチロー
詩人・作詞家
墓石には「ふたりでみると すべてのものは 美しくみえる」と記してあります。
すごく優しくて美しい詩ですね。
異母妹に『九十歳。何がめでたい』で有名な佐藤愛子さんがいらっしゃいます。
上池袋にお住まいで、豊島区の校歌を40くらい作っているそうです。
去年話題になった『この世界の片隅に』のオープニングテーマ『悲しくてやりきれない』の作詞もサトウハチローさんですね。

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荻野吟子
日本初の女医。
その生涯が渡辺淳一著の小説『花埋み』で伝記的に綴られています。
キリスト教の信仰が厚く、夫と北海道に理想郷「インマヌエル」の開拓をしてもいました。
墓石が仏教仕様なのは荻野家の墓だからではないか?とのこと。
吟子さんの像が目立つので場所はわかりやすいですね。

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島村抱月
文学者。芸術座を旗揚げし、看板女優の松井須磨子とのスキャンダルが有名です。
抱月がスペイン風邪で亡くなると、須磨子は後追い自殺しました。
遺書で抱月と一緒に埋葬されることを望んでいましたが、叶わず。
不憫に思った石屋さんが骨の一部を一緒に埋めてあげたとかあげないとか都市伝説もあるくらいです。

ちなみに今、雑司ヶ谷霊園には抱月のお骨はなく、早稲田大学管理のモニュメントとなっています。

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竹久夢二
上品な佇まいの墓石。言わずと知れた美人画の巨匠です。
早稲田実業学校時代に「雑司ヶ谷の鬼子母神社に近い一農家に間借りして、自炊生活を営んでいた。」と『寒村自伝』にあるそうで、そういった面でも雑司が谷に縁のある方みたいですね。
 
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夏目漱石
こちらももう説明不要の文語ですね。
墓石の形は安楽椅子をモチーフにしているそうです。
病魔に苦しめられた人生だった夫にゆっくり休んで欲しいという願いをこめて、奥様が安楽椅子の形に作ったそうです。

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ジョン万次郎
幕末から明治にかけての有名人。
少年時代の漂流を経て英語を習得し、日米和親条約の締結の際に活躍しました。
なぜ雑司ヶ谷霊園に眠っているかというと、抽選で当たったからだそうです。
隣には洋画家の東郷青児が眠っています。

雑司ヶ谷霊園はもともと徳川家の御鷹部屋でしたが、幕府がなくなり明治の初めに政府の手により共同墓地となりました。
まだまだ著名人が眠っていますが、今日はこれにて。

霊園マップはこちらから

雑司ヶ谷霊園
〒171-0022 豊島区南池袋4-25-1